1970年代、アメリカ郊外の静かな住宅地。両親は保守的で厳しいが、何不自由なく暮らす美しい5人姉妹の末娘が自殺を図る。そしてその死から1年も経たないうちに、残りの姉妹もすべて自殺してしまう…。姉妹に憧れていた少年たちが回想する形を取りながら、少女の危うさとエロチシズムを繊細な映像と音楽で描いている。
フランシス・フォード・コッポラの実娘ソフィア・コッポラの長編第1作であるこの映画、演出上の食い足りなさは残るものの、そこが妙に映画のテーマである少女性にマッチしていて、あやうくうっとりしてしまう。少年たちが電話を通して姉妹に70年代の切ないポップスを聴かせるシーンは印象的。キャスティングは秀逸。特に奔放な四女ラックスを演じたキルスティン・ダンスト(『スパイダーマン』)の美しさは出色だ。


トッド・ラングレンの 『Hello it’s me』 が映画の中であのように
使われているとは知らなかった。これは歌を「利用」する上での正しい
方法・手段かもしれない。それを映像を通して観た事は素晴らしい。
印象的なシーンであったが、それ以降は急速に事態は変化して映画は
幕を下ろす。

《少女とは一体、何歳頃の女を指すのだろうか…》
一番初めに死んだ5女が一番大人の女=女性に近かっただろう。
彼女の瞳には、姉の姿も両親の姿も映っていなかっただろう。
瞳の奥には、13歳の自分と向き合う姿しかなかっただろう。
13歳の女性は恋もせず、家族愛も見出さず、姉妹の枠を離れた。
孤独からは抜け出せない、13歳という思春期。
13歳頃、女の子は「自殺すればどんなに楽だろうか…」と思うような
出来事はなかっただろうか?私にはあったかもしれない。
私の友人達も節々に自殺を語った。リストカットしてみたりしてた。
少女は、少女にも女性にもなれない、彷徨いをしてしまう。
男には絶対分からない性の差。

後から死んだ4人は、5女とは違う死だ。
彼女たちは両親による保守的で厳格な、最終的には閉鎖的にあった
家庭内教育に原因があるはず。その家庭環境に首を絞められて藻掻き
限界にあった彼女たちは少年達と過ごした日を感謝するかのように
最期の時に少年達に合図を送ったのだろう。
「あなたの記憶の中に、私達を忘れないで」と。

女の子たちは繊細でしなやかな演技をしている。心が打たれる。
70年代の良質なポップミュージックがどこまでも映画の雰囲気を
保ち、ソフィア・コッポラの感性は概ね評価されたに違いない。

あえて比較するならば、
ヴァージン・スーサイズ は 思春期の危うさ
17歳のカルテ は 青春と友情の脆さ

17歳のカルテには薬物依存などの精神的な不安定さがある。
それに加え、女の友情という難しいテーマが大きい。
仲間が自立していくこと、仲間が自殺して脱落すること、そして
自分が自立して「仲間」を辞めること
これらは更生施設でしか味わえないことのように思えるかもしれない
が、日常の集団行動でも類似した事が起きているようにも思う。
他人と自分を比較したり、争うのは人間の遺伝子レベルで記憶されて
いる事だと思うので当然とも思う。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

  • 2月 ぽんぽん (2月21日 17:12)

この日記について

日記内を検索